旅でアイデアは得られるか。モンゴルへ行ってみた。

旅でアイデアは得られるか。モンゴルへ行ってみた。
モンゴルの草原にて。

今回、試してみたのは「モンゴルに行く」という実験です。

アイデアのきっかけ

旅について書くのはこの記事が初めてですが、私はこれまで個人的に、旅というものに親しんできました。

いくつかの国に、だれかと、または1人で、旅に出てきました。

私が旅に期待するところ

自分の周りには、すでに素晴らしいものがあります。いつもの生活にも、住んでいる街にも、感謝を欠かさずにいたいものです。

それでも、世界は広いです。自分の外の世界にも、素晴らしいものはきっとあります。そして、欲深いかもしれませんが、そこにも賭けたいと思っています。

日常を愛しつつ、ときに新しい世界も見にいきたい。旅を通して、まだ知らない素晴らしいものを探索したいと思っています。

旅とアイデア

また、このブログのテーマである「アイデア」という点でも、旅には期待するところがあります。

旅に出れば、新しいものを見聞きします。新しい視点を、どうにか得ようと努力します。その中で、アイデアの種や、それを生むための土壌のようなものが、自分の中にできないかと考えています。

モンゴルを選んだ理由

旅に対して大いに期待している私としては、いずれ世界のいろいろな場所に足を運ぶつもりです。そのため、今回モンゴルを選んだのは、すごく強い理由があったというより、偶然に近いものでした。

  • 前回の旅で出会った人から聞いた「モンゴルがよかった」という話が、なんとなく心に残っていた。
  • 人の住む空間というものに個人的に興味があり、モンゴルのゲルを見てみたかった。

そのような理由が重なり、モンゴルに決めました。

やってみたこと

  • 内容 モンゴルに行く
  • 期間 2026年8月(6日間)
  • 旅の形 友人と2人旅 

そして、実際に旅をしてきました。ここからは、私が旅の中で感じたことを書いていきます。

馬の首振り

モンゴルの馬。

このモンゴルの旅は、私にとって馬の旅でもありました。旅の半分の3日間は、遊牧民につれられ、草原を馬で移動していたからです。お尻がすり切れるほど、馬上にいました。

そして、わずかではありますが、馬に関する知識を習得しました。

  • 馬は集団で走っていても、仲のいい馬同士でかたまること。
  • 乗る人によって走り方を変えること。
  • 帰り道の方が早く走ること。

その中でも私の印象にのこったのが、馬がよく首を上下に振っていることでした。まるで赤べこのように、首をしょっちゅう上下に動かしているのです。

遊牧民にその理由をたずねると、これは顔にたかるハエを追い払うためだと教えてくれました。手をもたない馬は、首を振ってハエを払うのです。

追い払えど、たかるハエ

よく見ると、たしかに馬の周りにはハエが飛びまわり、彼らの体に止まろうとします。

馬は近くに仲間がいると、たがいに身をよせ、顔をこすりつけ、ハエやかゆみをしのぎます。しかし、そうでもなければずっと首を振っているのです。

首振りの理由に納得したものの、そうなると、馬がとても不憫に思えてきました。

彼らの首や頭は、人間のものよりずっと太くて重い。それを振りつづけるのは、大量のエネルギーがいるでしょう。それでも、ハエは容赦なくたかりつづけます。馬の身になると、まるで地獄のようではありませんか。

「手」を持たぬものたち

その様子をみていると「なぜこの動物は、進化の過程で手をもたなかったのだろう。」と思えてきます。走るために4本の足が必要だったとしても、5本目を、顔のかゆいところをかくために持たなかったのか。

馬だけではありません。モンゴルでは、ウシやラクダ、ヒツジ、ヤギ、ラバなど、他にもいろいろな動物を見かけました。 しかし、彼らもそのような手をもっているようには見えません。

地面に寝そべったウシが面倒そうに、耳をパタパタと動かしています。ハエは容赦なく飛びつづけます。

あまりにも都合のいい「手」

ここまで考えてみて、最後に、自分の身体に思いをめぐらせました。

私は、体のたいていの場所を、かゆいときにかける手をもっています。それどころか、なにかを書いたり、組み立てたり、ずいぶんと細かいこともできます。

思い通りに動く自分の手が、だんだんと不思議に思えてきます。こんなに都合のいいものがあっていいのか。どこかのタイミングで突然、私ではない誰かの意志で、行動をはじめるのではないか。

馬を見ていると、ふとそんな想像までたどりつきました。

草原のスキル

遊牧民によってつけられる馬の鞍。

先にも少し書いた通り、私たちは遊牧民に連れられ、草原での数日間を過ごしました。

遊牧民は、まさにモンゴルの草原を生きるプロです。私にはできないことを、まるで毎日のルーティンのように平然とやっています。

  • 朝起きて、馬に鞍をつける。
  • 思うままに馬で駆ける。
  • 他の持ち主から逃げてきた馬の一団でさえ、コントロールする。

どれひとつ、私には思うようにできません。

卑屈な自分と、強気な自分

彼らの様子をただただ感心して眺めていると、私はなんだか自分が情けなくなってきました。

「自分は彼らがやることのどれひとつとして、思うようにできない。モンゴルの草原の真ん中で、無力きわまりない。もし置いていかれれば、オオカミに喰われて死ぬだろう。」

どうやら、卑屈な自分が顔をだしてきました。

しかし、「いやいや待てよ」と、今度はもう一人の自分が言いました。

「そう気を落とすことはない。私にも、自分の仕事があるではないか。身につけたスキルがあるではないか。」

例えば、何かしらの部品を設計すること、実験やシミュレーションをすること、その結果を分析すること….。私にできて、彼らにできないこともある。だから、自信を持てばいい。

今度は、強気になった自分が顔を出しました。

この世界にある無数のスキル

しかし結局のところ、私はこの2人のどちらの意見も違うように思いました。

というのも、遊牧民のスキルと自分のスキルを並べてみて、ふと思ったからです。

「この世には、きっと途方もない数のスキルがあるのだろう」と。

スキルを定義するなら「なんらかの課題に対応するために、もとめられ、身につける技能」といえるのではないでしょうか。この広い世界で、場所や生活がちがえば、求められるスキルもちがう。

自分が身につけているスキルは、別の場所ではまったく役に立たないかもしれない。別の場所で必要なスキルは、私の生活では不必要かもしれない。

そして、自分の身につけたスキルは、世界に存在する膨大な数のスキルのほんの一部分でしかない。

残ったもの

そう考えたとき、さっきまでの卑屈な気持ちはカラッと消えました。

できないからと、卑屈になることはない。できないことなんて、いくらでもある。

そして残ったのは、自分のスキルへの「自信」でもなく、「愛着」とよべるような感覚でした。これだけ広い世界で、意識的にも無意識的にも、自分が選び身につけたものたちに対する、満足のような気持ちです。

彼らは馬に乗る、私はものをつくろう。

そういった、少しすがすがしい気持ちを、モンゴルの草原で感じました。

ゲルのストーブ

モンゴルのゲル。

この旅で私が楽しみにしていたことのひとつ、それは遊牧民のゲルに泊まることでした。

日光も風も、さえぎるものなく降りそそぐモンゴルの草原において、ゲルがどのように人の空間を守っているのか。そのことに興味がありました。

旅行者用に用意されたものではありましたが、私たちはゲルに宿泊しました。

ゲルの中

背の低い扉をあけて入ったゲルの中は、木の香りがしました。

見回すと、細い木を編んでつくった壁にかこまれ、中央には太めの2本の木の柱が屋根をささえています。骨格にそって、フェルト状の布が覆っています。

普段の生活であまり見かけない「円形」の部屋は、それだけでなんだか特別に感じました。

そして、ゲルの中においてひときわ存在感を感じさせていたのは、中央に置かれた薪ストーブでした。

金属の板を溶接してつくられたそのストーブは、黒ずんで、武骨で、しかし日々働いているだろうことが伝わってきました。

ゲルのストーブ

ゲルのストーブ

私が訪れた夏のモンゴルは、日中は暖かいですが、朝晩は10度近くまで冷え込みます。実際、夜が近づくにつれて辺りは冷えてきました。ストーブの薪に火をつけることにしました。

ストーブの熱は、なかなかのパワーを持っていました。ゲルの中は、どんどん温められ、私は半袖の服に着替えたくらいです。ストーブのおかげで、暖かい部屋で夜を越せそうであることを、嬉しく思いました。

しかし、ストーブのもたらすものは、暖かい空気だけではありませんでした。

寝ようと電気を消すと、ストーブから炎の灯りが漏れ、円形の部屋をかすかに照らします。薪が燃えるパチパチという音が、間をおいて聞こえます。

ゲルのストーブの熱、光、音が、自分の味方になってくれているように感じました。

草原の味方

実はこの日は、モンゴルに到着して1日目の夜でした。初めての景色に、気分は高揚している。しかし、不安も感じている。

昼間、その広さに息を呑んだ美しい草原は、夜には底のない暗闇として外側から迫ってくるように感じられました。

そんな時にゲルのストーブは、内から外に向かう力として、自分の側に立ってくれている気がしました。私は、このストーブがなんともいえず好きになりました。

とはいえ、1つ困ったことがありました。ただでさえ乾燥したモンゴルの空気が、ストーブでさらにカラカラになることです。

頼もしい味方にも、欠点はあるようです。

実験を振り返って

海外旅行するとき、毎度、「この旅には、自分をひっくり返し、まったく変えてしまうような発見や出会いがあるかもしれない」と少し期待してしまいます。

今のところ、そうなってはいません。

しかし、少なくとも、馬の首振り、遊牧民の手仕事、ゲルのストーブを見つけました。それらを見て自分が感じ、考えたことは、モンゴルに来るまでまったく予想していなかったことでした。

個人的には、十分大きなアイデアの種を見つけたつもりです。これがどう育つか、しばらく見てみようと思います。

今考えていること

モンゴルから帰ってきた今も、引き続き、旅には大いに期待しています。またしばらくしたら、行ったことのない国に出かけようと思います。

今回の実験はここまでですが、これからも旅についての実験やアイデアがあれば、ここに書きたいと思います。

この記録が、次のだれかの実験のきっかけになれば、うれしく思います。